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「青年海外協力隊発足50周年記念式典」に参加してきました

日本語教師の吉田美登利です。

 

17日にパシフィコ横浜で行なわた「青年海外協力隊50周年記念式典」に参加してきました。

 

協力隊というと日本では「アフリカで井戸を掘る人」というようなイメージがありますが、私も1999年から2001年にかけて隊員として中国の大学、大学院で日本語をおしえていました。

 

式典の様子は各メディアに掲載されています。その中から詳しかった二つを以下にご紹介します。

 

リンク①JICAホームページ

式の流れが詳しく書いてあります。

http://www.jica.go.jp/press/2015/20151117_01.html

 

リンク②朝日新聞  

写真が多くあります。

http://www.asahi.com/sp/articles/ASHCK43J2HCKUTIL01T.html

 

上の記事にないものので、私の印象に残ったパネルセッションのメモを書いておきます。

 

鈴木大地 氏(スポーツ長長官)

・水泳大会は衛生面、設備面の理由から先進国で開かれるのが普通。

・衛生状態が悪い途上国では、水には蚊がいるせいで、皆水には近寄らない。

 つまり、水泳はお金持ちのスポーツである。

・オリンピックで金メダルをとり、世界一になったと思ったが、もしかすると、

 そう言えないかもしれない。途上国の選手の練習環境は先進国と全く違う。こ

 のような条件が平等になったうえで、様々な国の人々が共に競えるような世界

 になるといい。

 

②峰村史世氏(マレーシア 水泳隊員 パラリンピックの指導者)

・ マレーシアは日本よりバリアフリーが進んでおらず「バリアばかり」であ 

 るが、車いすの子でも元気に町へ遊びに出かけたりする。日本に比べ、全体的

 にタフで、元気な障碍者が多いように思える。

・失ったものを嘆くのではなく、持っているものを最大限に生かそうと考えるの

 が障碍者スポーツ。

 

③亀山明生氏(モンゴル バドミントン隊員)

 ・シャトルやガットは貴重で、日本から送ってもらっていたが、いつでも十分

  にあるわけではなかった。それらを使わないでも出来る練習方法を考えた。

 ・東北の被災地に、モンゴルの教え子たちが訪れたことがあった。日本から一方 

 向の支援ではなく、双方向で募金をしたり、助け合えるということは思いよら 

 なかったが、とても大切なことだと思う。

被災地で、バドミントンの交流試合を行なった。言葉が通じなくても、子供た

 ちは試合を通してとても仲良くなることができた。スポーツには人と人とをつ

 なぐ力を持っている。

 

様々な方面で大活躍されている元隊員の方々をみて、私も頑張らなければと刺激を受けた集まりでした。

 

日本語教師は、個人契約や他のプログラムでも海外に行くことが可能ですが、私はやはり協力隊として行って良かったと思います。

 

それは、多方面から見たその国の姿がわかることです。例えば、同じ国で活動する違う職種の友人から、病院の様子、農村の生活、幼稚園の教育を聞くことが出来ました。もちろん、他の派遣国の様子も手紙やメールなどで聞くことができました。本やテレビで知るのとは違ったリアルな、表面的ではない体験談は本当に面白いものでした。例えば友人がいたシリアにも何度か手紙を書きました。地球がギュッと小さくなったような、遠かった国が身近なものになったような気がしました。

 

そして、異国で困った時にいつも助け合ってきた、大切な友人をたくさん得られたことも一生の宝物だと思っています。