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印象に残った発表   「2015異文化コミュニケーションと日本語教育国際シンポジウム」 黒竜江大学

学会 講演会 研究会

日本語教師の吉田美登利です。

 

随分時間が経ってしまいましたが、先日のシンポジウムの発表のまとめを

忘れないうちに書いておきたいと思います。

 

https://instagram.com/p/70aGoLDjl7/

 

まず、このシンポジウムの面白かったところは、

中国人日本語学習者に特化した研究発表がメインだったことです。

 

「中国人学習者にありがちな日本語の間違い」というのにとどまらず、

日本人が中国語を話す時や、日中の人がコミュニケーションする時に、

こんなすれ違いがある!というのをそれが起きる背景について

今回詳しく知ることが出来ました。

 

自分が経験して知っている「日中の文化差」がさらに飲み込みやすくなったこと、

それに加え、中国について知ったというより、どちらかというと

「日本語や日本文化の特徴」についてよく分かった気がしました。

 

他の文化の事例をひとつ知ることが出来れば、

もし、またそれとは違う文化に接した時も、臨機応変に対応できるように

なるのではないか(というより、なりたい!)と思います。

日本語教師は、いろんな国から来た方々と出会いますからね…)

 

以下に、印象に残った発表をメモしておきたいと思います。

(予稿集からの引用はページを記しましたが、予稿集は1人1ページのみため

発表からの引用も多くなります)

 

異文化交流についての発表で興味深かったのがいくつかありました。

日中依頼談話の異同について(沖裕子先生)

 

★「日本語社会では、共同体の一員として自身の位置をわきまえつつ助け合う相互関係を構築する社会文化であるのに対して、中国社会では、個人間で積極的に依頼しあってお互いの情と紐帯を深めていくグヮンシーと呼ばれる互恵関係を構築する社会文化がある。p.13」

 

★「こうした社会文化によって、日本社会では、個人間の私的依頼は、共同体での相互の対人距離の均衡を破り、相手に迷惑をかける行為であるととらえられるのに対し、中国社会では、グヮンシーがあれば私的依頼の交換は当然であり、個人間の情を深めるよい手立てになると捉えられている。p.13」

 

★「これらのことから依頼する場合に、日本語談話では、場面における自他の文脈を良くわきまえ、省略できる内容は出来るだけ省略し、相手の行為を指定しないことがていねいであるのに対して、中国語談話では、相手が依頼内容を実現しやすいよう、はっきりと述べることがていねいであると感じられている。p.13」

 

★日本語談話では、表現面でも出来るだけ間接的表現を用いて相手への指示を避け、

 授受表現を使用して状況的に述べ、迷惑をかけて申し訳ないという気持ちの表現と、

 定型的挨拶表現を用いて表現するのに対して、中国語談話では、依頼の希望、

 条件、経緯を明確に言語化したうえで、相手に選択の余地を与える表現や、面子を立   

 てる表現を添えてやわらげながら表現していく(p.13)。

 

 

中国語のように「依頼の希望、条件、敬意を明確に言語化したうえで」

書く方が非母語話者には分かりやすいでしょうね。

省略して依頼するという日本語依頼談話は、日本語母語話者にも難しいものです。

私もずいぶん時間をかけて依頼のメールなどは書きますし。

 

次の坂本恵先生のご報告の中のエピソードは、私も何度も経験したことが

「あるある!」といった話でした。その知っている話が理論的に説明が

されていて、学生さんにも伝え易いな、と思いました。

 

 

★授業中に、中国の学生は黙って隣の人の消しゴムを使うシーンが見られる。

 日本人は普通、必ず断ってから借りる。もちろん、日本人が貸さないとか、

 貸したくないわけではない。視線で合図するというシンプルな合図でも良い。

 

★ 日本では、親しくなるまで相手に踏み込まない。自分の領域を大事にする。

 常に対等であるために、割り勘が原則。貸し借りがないように。

 年齢や立場が違うなど対等でないときは、敬語を使うことで補い対等になる。

 一方、中国では親しくなると家族名称で呼びかける。

 

★中国の学生は朝あった時、すっと居住まいを正し、

 「あ、先生、おはよう」とあいさつする。ここは日本語では「おはようごさいます」

 が必要なところである。日本語では相手に対する敬意、認識を言語にして

 表さなければならないのである。一方中国語では居住まいを正すという非言語行動に   

 敬意は表れ、言葉遣いにはそれほど現れないようである(p.15)。 

 

今回の旅行でも、出会った友人、学生さんには、割り勘ではなくご馳走になりました。日本人としては、申し訳なく思うところです。

中国だけでなく、他のアジアなどでも学生さんが先生をおごってくれる、といシーンは

結構ありますよね。日本の子弟関係では、あり得ないようなことですけど。

 

https://instagram.com/p/70aSLqjjmh/

 (小1の娘の夏休みの宿題[絵日記]にかかれた火鍋 丸いのは肉団子だそう…)

 

「居住まいをただす」については、学生さんは先生に会うと、

ピッと背中を伸ばして、先生の方をを向きますね。

日本人はしないかもしれませんが、敬意は伝わってきます。

 

このエピソードを聞いていて、以前ある日本人の先生が言っていた言葉を

思い出しました。

「中国での生活は(自分にとって)良いところも悪いところもあるけれど、

 中国の一番良いところは、日本語学科の学生さんの真面目さ」

文化の違いはあっても、やはり、根本は誠意を伝えようとする気持ちが

大切な気がします。

 

次の吴晗先生のご発表は、中国語学習者として耳が痛かったです。

私も確かにこんなふうな失礼な中国語を話しているな、と思います。

 

・中国語がとても上手い日本人教師が私の大学にいる。

 でも、お喋りしている時の相槌が日本語風で、  

 「真的吗? 是吗? (ホント。そうなの。)」ばかり使う。

     聞いているうちに、自分は信用されていないような気持になってしまった。

 (原文中国語のご発表、要旨を吉田がまとめました)

                           

 

文字指導については、

 

★「竹かんむり」の書き方、中国の学生は「節」の印刷文字のように

 竹の3画目、6画目を「点」のように書くことが多く、日本語教師

 それに非常に違和感を感じる。一方で、中国人日本語教師

 日本人の書く「竹かんむり」に非常に違和感を感じる。

  (私の発表に対する数人のコメントをまとめました)

 

★漢字について。日本人の方が、中国人より丁寧で整った書く人が多い。

 社会的背景の違い、教育環境の違い、国民の性格の特徴の違い

 によるものだろう。(張俊琦先生)

 

 これは、今まで考えたこともなかったけれど、

 言われてみると漢字のテストで厳しく採点される

 日本特有のキレイさ?!のようなものはあるかもしれないな、と思いました。

 日本人の性格が真面目だから漢字がキレイ、という事は、私は感じたことは

 ありません。さすが、中国の学生さんは漢字が上手だな、とは良く思いますが。

  

 

★大国である日本と中国の安定した関係は、アジアおよび世界の安定に必要

 である。日中は2000年以上友好の歴史がある(徐一平先生)。  

 

いまの日中関係が良い方向へ向かって行けば、という願いは

このシンポジウムの根底の流れにあるようでした。

 

徐先生に初めてお目にかかったのは、私が赴任直後の1999年の北京、

協力隊隊員総会のゲスト講演(?正式なタイトルは忘れました)

で、当時70名近くいた色んな職種の協力隊に向け、

言語や文化理解の話をされていました。

 

赴任直後で不安だった当時の自分や、一緒にいた友人達の笑顔なども

懐かしく、ふっと思い起こされました。

 

https://instagram.com/p/70aAnKjjlp/

 

次は、ハルピンの旅の最終回。

日本語話者が見て不思議な中国語の写真をまとめたいと思います。